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北の国のあすか嬢かわいい天使ちゃんに。立ち耳パグ子ほたるも虹の橋へ。ヒロインも看板女優も不在の中、20年ぶりの犬なし生活。

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プロフィール

azuazu

Author:azuazu
あすか
2002/3/22
埼玉県生まれ北海道育ち。
おっとり甘えん坊。
僧帽弁閉鎖不全、緑内障、喉頭麻痺、腎不全、肝不全、膵炎、癲癇発作
い~っぱいあるけれど、
パピーな心を持つお嬢ちゃま。

2017/2/17 14歳11ヶ月
かわいい天使になりました。

プロフィール

    
すばる

Author:1999/03/21
千葉県生まれ北海道育ち
優しく賢い男の子。
心も身体も大きな15kgの巨キャバリア。
セラピードッグの資格も持つ
妹・あすかをこよなく愛するお兄ちゃん。
2013/9/23 お空へ旅立ちました。

プロフィール

    
ほたる

Author:2005/12/01
沖縄県生まれ東京育ち
天真爛漫な女の子。
椎間板ヘルニアで後脚麻痺ハンデを持つも、高速ハイハイとほたる号(車椅子)でカッ飛ばす。
10年の祖母の溺愛を経て、2017年夏 我が家の子に。
現在、腎不全と奮戦中
2018/1/19 天使になりました。

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寛永寺へ 霊園を彷徨う私

金曜に無事仕事も終え、
翌土曜は飛行機までの時間を
上野公園と寛永寺へ。




パンダ橋から出発です。

なんせ広大な上野公園。
気合を入れなくては! 

寛永寺は徳川家康・秀忠・家光と3代に渡って徳川に仕えた
僧・天海によって創建されたお寺。
港区の増上寺と並ぶ、徳川家の菩提寺です。

江戸城の鬼門である東北にあたる上野に建立したそう。
これは京都御所の鬼門である位置に比叡山延暦寺があることをならったもの。

家康が幕府を開くにあたっても江戸を選んだのは
天海の助言によるとも言われています。

天海がいなければ
現代の東京はなかったかもしれません。



寛永時HPより地図を拝借

元々、寛永寺は現代の上野公園を含む広大な領地を有していました。

公園内にある
清水観音堂は京都の清水寺
不忍池は琵琶湖を模したものです。

全て、天海が京都をならって作ったものなんですね。

幕末に起きた、戊辰戦争の一つ上野戦争。
この時、旧幕府軍の彰義隊は寛永寺に立て籠もりました。
その際に寛永寺の大部分が消失。
さらに境内は明治政府に没収されました。

そんな歴史を経て、現在は東京都の管轄として
上野恩寵公園になっているというわけです。




まずは上野東照宮に向かいます。

藤堂高虎と天海により
家康を祀る神社として建立されました。

藤堂高虎といえば、主君を7度も変え生き残ってきた人物。
後の上野戦争では藤堂家はさらっと新政府側に身を変え旧幕府軍に攻撃しました。
高虎の魂、末代までなのですね・・・

それはさて置き、高虎は築城の名手でもありました。
江戸城も藤堂高虎が造ったことで有名です。




ちょうど、上野動物園内にある
寛永寺五重の塔がよく見えます。

ちなみに藤堂高虎の墓所は上野動物園内にあります。一般公開はされていません
高虎が造った東照宮と、高虎のお墓は上野戦争にもその後の震災にも倒れることなく
現在に残っているのです。※上野東照宮は3代将軍・家光の改築を経て現存しています。

死してもなお・・・
すごいです高虎さん (°_°)




国重要文化財の唐門。

柱内の四額面には
左甚五郎作、昇り龍・降り龍の彫刻があります。

先の道のりが長いので社殿の中には入りませんでした。

この後、上野動物園や国立科学博物館の誘惑に耐えつつ
軽く迷子になりつつ、寛永寺を目指します。




Google先生の力を借りながら、やっと辿りついた
東叡山寛永寺・根本中堂 想像以上に歩きました 。゚(゚´Д`゚)゚。

元は上野公園の中心部
現在の大噴水付近にあった本堂。
今は上野公園の北側にひっそりとあります。

上野公園はどこも人でいっぱいでしたが
この辺は人もまばら。

又、裏手には6名の歴代将軍を埋葬する徳川家将軍霊廟があります。

ちなみに・・・
家康と家光は日光。
慶喜は谷中霊園内。
他6名は増上寺にあります。

特別参拝に申し込まなければ拝観することができませんが、日程は限られているし、かなり先までいっぱい
せっかく来たのだから、霊廟の前まででも行きたいじゃないですかっ!?
あれ?? そんなことない?




裏手にある霊園を進むと見えてきたのが
徳川綱吉霊廟勅額門

この奥には
5代綱吉、8代吉宗、13代家定が眠っています。
又、家定の隣には妻・篤姫の墓所もあるそうです。




もう一つ霊廟があるはずなのですが
看板もなく、全くわかりません。

ひたすら一般の霊園の中を進むと
見えてきた石垣と水盤舎。

後で調べると、やはりこの石垣の向こうに
4代家綱、10代家治、11代家斉が眠っているそうです。




霊廟を探して夢中で進んできましたが、ここは霊園の中。
はっ と気がついたときには、
塀に囲まれて出れないではないですか! Σ(゚д゚|||)
来た道を引き返すには、かなりの距離を歩いてきたのです。

白昼とはいえ、だ~れもいない霊園。
今度は出口を求めて、ちょっと泣きそうです。

私、なんで霊園を彷徨っているんだろう・・・・
と、思ったのはいうまでもありません (っω・`。)







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テーマ : 歴史・文化にふれる旅
ジャンル : 旅行

Tag : 寛永寺  上野東照宮  天海  藤堂高虎 

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オジサマ達に囲まれた職場で同化した毎日を送る
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