08.28
とかち馬文化
ノーザンホースパークを後にし
帯広へ向かいます。
十勝清水のとんかつのみしなさんで遅めのお昼ごはん。
昼時を過ぎていたのに、めちゃ混んでいました。
メニューとともに車で待つこと30分。
カツスパとカレー
スパカツではなく、カツスパなんです ここ。
ミートソースがデフォですが、ナポリタンも選べます。
本場のスパカツより美味しいかも!
カツの半分はカレーへお引越し。
カツカレーにします(≧∇≦)
帯広に着いたら、まず一杯。
岩内で買った地ビールを。
帯広で岩内の地ビール...
一休みしたら、バスで帯広競馬場へ。
いつも出迎えてくれるイレネー像。
久しぶりに馬の資料館をじっくり見学。
北海道の開拓は馬と共に歩んできました。
その昔の主流は
小型でも身体が丈夫でタフな道産子(どさんこ)。
道産馬は独特の側対歩をします。
同じ側の前脚と後ろ脚を一緒に出す歩き方
これは起伏の激しい道でも揺れないんです!
先程の像、イレネー号。
十勝ばん馬の父。
明治に入ると、より強い馬力が求められ
種馬として、重種のペルシュロン種を導入します。
その一頭がイレネー号。
そして、ばん馬が誕生しました。
又、戦時中はたくさんの馬が軍馬として
北海道から徴用されました。
農耕馬を操る技術は
現在のばんえい騎手の手綱さばき。
ばんえい競馬はギャンブルありきで
馬を創り出したのではなく
北海道開拓文化を残す結果として、競馬となったのです。
又、ばんえい騎手は鞭を持っていません。
レース終盤でお馬さんのお尻を叩いているのは
手綱の持ち手の部分、皮の紐。
馬のぶ厚いお尻、皮紐が痛いかどうかは...
こればかりはお馬さんにきいてみなければわかりませんが。
見た目は過酷で虐待とも評されますが かつては私もそう思っていました
家族として共に開拓してきた歴史の技法そのままに
ばん馬の生業でもあるです。
映画・硫黄島の手紙にも登場した
西 竹一中尉と愛馬ウラヌスの紹介もありました。
西中尉とウラヌスは
ロサンゼルスオリンピックに出場し
日本人唯一の「馬術 金メダリスト」となりました。
西中尉が硫黄島で戦死した1週間後
世田谷の馬事公苑にて、ウラヌスも息をひきとりました。
西中尉が肌身離さなかったという
「ウラヌスのたてがみ」は
本別町歴史民俗資料館にあります。
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